どうも、すっかりSuicaの奴隷、hkmです。
生活習慣柄、中途半端な時間に電車を利用することが多いんです。
中途半端に空いている車内。
スカスカとまでは言わないまでも、別に席が開いているような状況で、隣に人が座ると救われた気持ちになるのは僕だけじゃあるまいて。
許された気持ちになる
他に座るところもあるのに、隣に人が座る。
最低でも、避けられるような状況ではないようで、何故か救われた気持ちになります。
別に、そこまで露骨に避けられるようなことって、早々無いんですけどね。
隣の人なんて見てない
正直な話、僕も含めて別に誰も隣の人なんて見てなくて。
しいて言うなら、隣に人がいるか否か、程度の認識だとは思うんです。
それなのに、なんとなーく救われた気持ちになる。
理屈じゃないんだろうなぁ
理屈で言えば、「隣に座る程度なら、不快感を感じない」と思われているのが実感できる程度。
でも、感じる安堵感はそんな言葉じゃ測れないほどのでっかいもの。
やっぱり、こういうのって理屈じゃないのかなぁ、と思った7月末でした。というチラシの裏。